2025年6月8日
テーマ¶
コードの時系列変化を考慮した保守性低下の要因分析と改善
背景¶
ソフトウェア開発における長期的な品質維持において、保守性は重要な指標である。リファクタリングに関する実証研究[^1]では、リファクタリングの効果的な適用に必要となる要素がいくつか指摘されている。OpenStackプロジェクトを対象とした研究[^2]では、コードレビューコメントから保守性低下の兆候を捉えている。そしてTDDにおける静的解析ツールの有用性の研究[^3]では、静的解析ツールがリファクタリングを促進し、保守性を改善することが判明している。しかし、従来手法では対象が単一時点でのコードに限定されており、コードメトリクスの時系列変化からバグ発生リスクの増加を予測する手法は十分に確立されていない。また、既存のバグ予測手法の多くは、メトリクスの絶対値に基づくしきい値判定に依存しており、ソフトウェア開発の文脈を考慮した早期警告システムの研究は限定的である。
目的¶
本研究はコードメトリクスの時系列変化に基づいてバグ発生確率の増加を予測し、保守性低下の早期検出を実現する手法を提案する。具体的には、メソッドサイズや複雑度の移動平均からの逸脱分析を中心とした異常検出により、従来手法では捉えきれないバグ導入リスクの増加傾向を特定する。研究の目的は、①コードメトリクスの時系列変化からバグ発生確率増加を予測する手法の開発、②提案手法を実際のソフトウェア開発プロジェクトに適用した際の実用性の検証である。評価指標としてバグ予測精度を第一の指標とし、プロジェクトでの議論や設計、実装と提案手法による予測結果との関連性を第二の指標とする。これにより、問題が顕在化する前の予防的品質管理を可能にする新たなDevOpsプロセスの確立を目指す。
新規性・重要性¶
本研究の新規性は、従来のスナップショット分析から時系列的変化特性に基づくバグ予測への視点の転換にある。既存のバグ予測手法は、複雑度やサイズといった単一時点でのメトリクス値に基づく「静的評価」が主流であり、メトリクス値が許容範囲内である限り将来のバグ発生リスクを検出できない。これに対し本研究では、メトリクスの「変化特性」そのものを分析対象とすることで、絶対値が許容範囲内であっても異常な傾向や不安定な変化を示すコード領域を早期に特定できる。また、本研究はプロジェクト固有の特性に適応する予測モデルを構築する点でも革新的である。多くの既存研究では全プロジェクトに一律のしきい値を適用するが、本研究ではプロジェクトの通常の変化をベースラインとして学習し、そこからの逸脱を検出する適応的アプローチを採用する。これにより、プロジェクトの規模、成熟度、開発スタイルによらず適切な予測が可能になる。
さらに、本研究の重要性は保守性低下の予防的検出を実現する点にある。従来の事後的なリファクタリングではなく、バグ発生リスクが高まる兆候を早期発見することで、予防的な品質改善活動を支援する。これは特に長期間運用される大規模システムにおいて、継続的な保守性維持に重要な意義を持つ。産業界における実践的価値としては、本研究の成果をCI/CDパイプラインに統合することで、継続的な品質モニタリングを実現できる点が挙げられる。これにより、コードレビューの焦点を絞り、開発チームの品質改善活動を効率化し、長期的なソフトウェア保守コストの削減に貢献する。
方法論と評価¶
本研究は以下の3段階で構成される。まず「データ収集と分析基盤の構築」では、BugHunter Datasetを主要データソースとして活用し、時系列的なバグ導入・修正パターンの基礎分析を実施する。BugHunter Datasetは、従来のリリースベースアプローチと異なり、バグの存在期間を最も狭い時間枠で特定し、同じソースコード要素のバグ状態と修正状態を捉える点で、時系列分析に最適である。具体的には、Java言語で書かれた15のGitHubプロジェクトのコミットレベルでのバグ情報と、ファイル・クラス・メソッドレベルの詳細なコードメトリクスを抽出する。
次に「コードメトリクスの時系列変化からバグ発生確率増加を予測する手法の開発」では、BugHunter Datasetの時系列データに対してバグ密度の時系列変化に基づく保守性低下予測モデルを構築する。バグ密度は、同じバグ数を持つモジュール間でもコード行数に応じた優先度付けを可能にし、保守性低下の兆候をより早期に検出できる。複数の時系列分析手法と分類手法を統合したアンサンブル学習により、メソッドレベルでの保守性低下兆候の検出、保守性悪化タイミングの特定、保守性低下の予測を行い、従来の74%のF-scoreを上回る精度でのバグの検出を目指す。手法の性能評価として、BugHunter Datasetを用いて従来手法との比較実験を行い、バグ予測精度における優位性を評価する。特に、既存の74%のF1スコアからの改善度を定量化し、バグ密度を考慮した時系列分析による保守性低下の早期検出能力を実証する。
最後に「提案手法を実際のソフトウェア開発プロジェクトに適用した際の実用性の検証」では、開発した手法の実際の開発現場での有効性を検証する。具体的には、保守性低下が顕在化する前の段階での検出能力を測定するため、バグ導入コミットから修正コミットまでの期間を基準として、提案システムがその何%の時点で警告を発するかを測定し、従来手法と比較して何日早く保守性低下の兆候を特定できるかを定量化する。さらに、保守性改善への実際の貢献度を測定するため、コード変更時の連鎖的な影響の軽減度を評価する。これにより、問題が顕在化する前の予防的品質管理を実現する早期検出システムの実用性を確認する。
参考文献¶
[1]: Microsoft Research, "An Empirical Study of Refactoring Challenges and Benefits at Microsoft", https://www.microsoft.com/en-us/research/publication/an-empirical-study-of-refactoring-challenges-and-benefits-at-microsoft/ [2]: X.Han, A. Tahir, P. Liang, S. Counsell and Y. Luo, "Understanding Code Smell Detection via Code Review: A Study of the OpenStack Community," 2021 IEEE/ACM 29th International Conference on Program Comprehension (ICPC) [3]: Simone Romano, Fiorella Zampetti, Maria Teresa Baldassarre, Massimiliano Di Penta, and Giuseppe Scanniello, "Do Static Analysis Tools Affect Software Quality when Using Test-driven Development?", Proceedings of the 16th ACM / IEEE International Symposium on Empirical Software Engineering and Measurement